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『フィンガルの洞窟』(フィンガルのどうくつ)作品26は、フェリックス・メンデルスゾーンが1830年に作曲した演奏会用序曲である。原題は『ヘブリディーズ諸島』( )であるが、日本語では通称の『フィンガルの洞窟』の方が多く用いられる。ロ短調の序奏なしのソナタ形式で作曲されている。現在に至るまで、オーケストラの標準的なレパートリーとして盛んに演奏されている。 == 概要 == メンデルスゾーンが初めてイングランドを訪れたのは、20歳の誕生日を祝ってドイツ人貴族の招待にあずかった時だった。イングランド旅行に続いて、メンデルスゾーンはスコットランドに進み、その地で交響曲『スコットランド』を着想する。だがスコットランド旅行中にメンデルスゾーンは、嵐の夜のヘブリディーズ諸島を訪ねてスタファ島に辿り着き、観光客に人気のフィンガルの洞窟で霊感を受けたのである。当時フィンガルの洞窟は35フィートの高さと200フィートの水深があり、玄武岩の色とりどりの石柱からなっていた。メンデルスゾーンはその後直ちに序曲の開始主題を書き下ろし、それを姉ファニーに書き送って次のように書き添えた。「僕がヘブリディーズ諸島にどんなにひどく感銘を受けたか分かってもらえるように、頭に思い浮かんだものを姉さんに届けようと思います」〔 メンデルスゾーンを嫌っていたリヒャルト・ワーグナーさえもこの作品を「一流の風景画のような作品」として絶賛していた。 作品は1830年12月16日に完成され、当初は『孤島』(独語:''Die einsame Insel'' )と題されていた〔Galveston Symphony Program Notes: Mendelssohn 〕。しかしながらメンデルスゾーンは後に譜面に手を入れ、1832年6月20日に改訂作業を終えると〔、『ヘブリディーズ諸島』と改名したのである〔。にもかかわらず、『フィンガルの洞窟』という通称も使われた。パート譜には『ヘブリディーズ諸島』と題されていたが、総譜には作曲者自身によって『フィンガルの洞窟』と題されていたためである〔。初演は1832年5月14日にロンドンで行われ、演奏会用序曲『夏の夜の夢』も併せて上演された〔。 自筆譜はオックスフォード大学ボドリー図書館に保存されている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「フィンガルの洞窟 (メンデルスゾーン)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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